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ぺねとれ2世の休日

教員養成大学で教育と哲学を学んでいます。クラシック音楽がライフワークです。

休学生活前半メモ。

2015年
12月 
休学の必要性を悟るも、なんとか大学へ通う。

2016年
1月 
バーンアウト。休学を決意。1日14時間睡眠生活を開始する。身体が動かない。人と話せない。1日に1つの用事を済ませられれば上出来。

2月
少しづつ出来ることが増えていくが、まだまだ不安定。散歩をよくした。まだほとんど人とは会えず。

3月
出来ることが増えた。髪を染めた。この頃からディスクへの興味が増す。本格的な音楽愛好家への道へ。福島へ遠征。人と会う気力が復活。

4月
高校時代からお世話になっていた某社に入社。人生で初めてお酒を飲む。慣れない生活と、休部していたオケへの葛藤でお酒をよく飲んだ。レコードを始める。

5月
休部していたオケの人と再び色々とあり再び鬱っぽくなるもなんとか耐える。半年間封印していた楽器演奏を再開。

6月
3枚の手紙とともに退部届けを提出。シカゴ遠征。祖母が亡くなる。




離れるべき集団


いろんな体験をして、絶対に離れるべき集団の条件を思いついた。それは、自分が死んだときに、あなたの喪失を集団内の役割とは関係なく、純粋に悲しむ人が集団内にいるかどうか、である。一度考えて見て欲しい。あなたが今所属している集団ではどうだろうか。しばらく集団に所属してみて、こういう人が1人もいないと察したのであれば、即その集団から離れるべきだ。

私は1年近くある団体に所属して、ふと思った。あ、この人たち僕が目の前で倒れたとしても、心配なんかしないだろうな、と。(実際に彼らは僕が倒れたとき、心配どころかこぞって罵倒してきた。こういう人間たちからはすぐに離れるべきだった。)

休学ストーリー①

タンギングすらろくに出来ないのにプロになりたいという彼の夢を卑下する理由は僕には何も無いはずだった。ただ、自分より上手い人を見たことがないとか、僕には才能がある、と言ったことを根拠もなしに平気で言える傲慢さが、僕には耐えられなかったのだ。

学生指揮者の選挙で彼と戦った。多数決が行われる前に、彼は言った。「僕は彼よりも音楽の知識はないかもしれない。だけど、僕には彼よりも音楽に情熱を持っている。彼よりも音楽を愛している!」
そんなわけがなかった。僕の音楽への愛は、そんな簡単に超えられるものではなかった。

しかし、皆は彼の言葉を信じた。僕はどんなに弁論しても皆に聞いてもらえなかった。彼は多数決によって学生指揮者に選ばれた。僕は負けたのだ。僕の音楽への気持ちは誰にも信じてもらえなかった。その日から、日に日に精神がおかしくなっていくのだった。(続く)

都心オケの名演を振り返る①

ブログのネタがなくなってきました💦
(長く語れることって意外と少ない…)

というわけで、僕が長くお世話になっているN響、新日フィル、都響の演奏の中で、僕が一番満足した演奏でも振り返って時間を潰してみます。

N響
第1784回定期(2014年6月7日)
曲目:ステンカ・ラージン(グラズノフ
       :ヴァイオリン協奏曲第2番(プロコフィエフ)


N響の演奏でもっとも忘れられないのがコレ。正直指揮者としてのアシュケナージの能力にそれまではあまり期待していなかったのですが(ごめんなさい…)、この演奏をキッカケに一気に印象が変わりましたね。

まず冒頭のステンカ・ラージンからして実に情感豊かに鳴っている。これはもしかしたら大変な演奏会になるのかもしれない…その時の予感は的中しました。

2曲目、プロコフィエフのヴァイオリン協奏曲第2番ですが、まずコパチンスカヤのソロがすごい。自由奔放で情熱的でありながら、要点をしっかり掴み、丁寧に仕上げていく音楽。2楽章の木管陣の表現の豊かさは忘れられません。コパチンスカヤのアンコールは、声とヴァイオリンソロという現代音楽で、その衝撃も忘れられないですね笑

さて、メインのくるみ割り人形ですが、これは超弩級の名演でした。なんというか、もう圧巻。言葉にできないくらいでした…。くるみ割り人形をメインに持ってくるあたり、どういう意図なのか?と最初は思いましたが、なるほど、くるみ割り人形はしっかりと演奏すれば、メイン級の充実感があるのだなと。全体を通して演奏することにより、くるみ割り人形はただの小品集ではなく、とても切なく、美しい音楽であることを気付かせてくれました。特に花のワルツとパドドゥの美しさにはもうひたすらひれ伏すのみ。(花のワルツに芸術的な価値はないと今までは思っていましたが、この演奏を聴いてとんでもない!と思いました。ここまで花のワルツに命を吹きこんだ演奏は初めてでした。)

というわけで、この演奏会後しばらくはこの演奏のことが忘れられず頭がいっぱいでしたね…

長くなってしまったので、都響、新日フィルの名演はまた今度とします。

おやすみなさい。

チャイコフスキー交響曲第6番「悲愴」

私がこの世界のすべての芸術の中で最も愛するチャイコフスキーの6番交響曲を今回は取り上げたい。

底知れぬ深い絶望。読者の皆さんは感じたことがあるだろうか。私は初めてこの曲に出会ったとき、私のことを理解してくれる芸術がこの世界に存在してくれたことに、とてつもない安心感を覚えたのだった。この曲の存在は、今でも私という人間を根底から支えている。この曲がこの世界に存在しなければ、私は心の拠り所を失い、孤独に耐えられなかったかもしれない。

悲愴は、チャイコフスキーが初めて包み隠さずに自分の精神のすべてを投げかけた曲であり、彼が初めて出来栄えに自信を持てた交響曲である。

この曲のポイントは、自らの罪状の告白、美的世界への憧憬、精神の不安をありのままに叙述した点にある。4番交響曲では絶望と折り合いを成すことができず、激しい怒りと不安を感じ、5番交響曲では絶望と向き合うのを諦め、幻想の世界に身を投じ、そしてこの6番交響曲で初めて絶望と真に向き合い、自分自身の精神状態を告白するチャイコフスキーの姿が見て取れる。

4番交響曲の回で述べたが、チャイコフスキーの音楽を理解するにあたって、彼が同性愛者であることを無視することはできない。当時、キリスト教的価値観が支配する社会において、同性愛は異端であった。彼は底知れぬ孤独と、誰にも理解されない苦しみを感じ続けていたに違いない。彼は自分が同性愛者であることに対して深く絶望していた。この世界でどんなに作曲家として認められようとも、どんなに努力しようとも、彼は同性愛者にしかなり得なかった。何をしても、孤独、不安、絶望からは逃れられない運命だったのである。

1楽章では、彼のこれまでの人生が語られている。底知れぬ絶望、絶望のない世界への憧憬、運命との出会いと精神的危機、生への執着と諦め。彼の思想的遍歴を辿るように音楽は流れていく。

2楽章は、幻想に浸ろうとも逃れられない運命を表している。リズムを刻み続けるティンパニが、運命を象徴している。

3楽章では、絶望に裏打ちされた彼の狂気的な姿が表されている。絶望に狂気はつきものである。ニーチェをはじめとする哲学者たちが発狂したのも、逃れられない絶望によってである。

4楽章では、絶望そのものが描かれる。絶望とは、本当にどうしようもないものだ。絶望に対する諦めを象徴するように音楽は流れ消え去っていく。

私は、この交響曲が構成的に美しいものだとは思えない。ただ、そのことがこの曲をより現実的なものとしている。人間の精神は、概して美しく構成されてはいないからだ。人間の精神は、理性では到底統御することができない情念の渦巻きによって支配されるものである。すべての情念を理性によって統御するはたらきは、理想や幻想にすぎない。彼はこの曲を通じ、人間の精神の本当のあり方を叙述することに成功した。

私が悲愴に支えられ、悲愴が無くては生きていけないとまで感じるのは、この曲を通じてチャイコフスキーが、「あなたは本当に孤独なのではない」と言ってくれるような気がするからだ。私の精神は誰にも理解されない。ただ、私と同じように誰にも理解されなかった人間が確かにいた。その事実が、私に大きな希望を与えてくれる。孤独ではないと伝えてくれるのだ。

ショスタコーヴィチ交響曲第5番

今回は、ショスタコーヴィチの曲の中でもっとも人気が高く、大衆受けのいい5番交響曲をとりあげる。

この曲は、もっとも人気があると同時に、もっとも誤解を持っている人が多い曲であると思う。誤解を持っている人の中でもっとも多いのが、4楽章かっこいい!と、勝利の讃歌の派手さに酔いしれるタイプである。このような聴き方を完全に否定するわけではないが、この聴き方はショスタコーヴィチの音楽のごく一面しか見ておらず、彼が曲に織り交ぜた真理をまったく理解しようとしない、大衆の聴き方であると、批判を承知で私は主張したい。

ショスタコーヴィチのすべての音楽に共通する要素が2つある。1つが皮肉、もう1つが孤独である。

ショスタコーヴィチの音楽は、皮肉によって成り立っている。私なんかは、5番交響曲の4楽章など、すべて皮肉ではないかと思っている。彼は芸術活動が厳しく統制される社会を生きたのだ。彼の音楽には皮肉で満ち溢れている。だからこそ、ショスタコーヴィチを理解するにあたってはまずその皮肉を直視し、皮肉の裏にある真理を探そうとしなくてはならない。

皮肉を使ってでしか自己を表現できない。これは芸術家にとってはかなり孤独なあり方ではないだろうか。ショスタコーヴィチの音楽のほとんどには、孤独がその曲の背後にある。孤独の中でしか彼は生きられなかったのだ。社会に対しての激しい怒り、絶望を抱きながら、彼は自分の真理を1人で探究しようとした。それを芸術という形で、しかも社会に受け入れられる芸術という形のみでしか昇華できなかったのだ。

私は、3楽章だけはショスタコーヴィチの真理がストレートに現れていると思っている。3楽章にショスタコーヴィチの悲しみと孤独、激しい怒り、絶望のすべてが込められている。しかし、3楽章が終わってしまうと、4楽章という大いなる虚構にまた身を委ねなくてはならないのだ。

ショスタコーヴィチ交響曲第5番は、結果として社会に受け入れられ、大成功を収めた。ショスタコーヴィチは、この曲を世間に広め、彼の本当の言葉を理解してくれる人が1人でも見つかればいいと思っていたに違いない。芸術を聴くものは、彼の皮肉的な一側面にのみ熱狂するのではなく、その背後に隠れている彼の本当の姿を見つけようとする姿勢が必要なのではないだろうか。


中3の時に書いた修学旅行の思い出の作文が無駄に重い件

修学旅行、みんなのおかげ
三年二組 七番 名前

 僕は、この修学旅行に行って、集団の大切さをとても理解することができた。中学一二年生の修学旅行の時は、人を攻撃して楽しさを得るような人が多かったので、僕や友達は、自分の身を守るために必死だった。そんな状況だったので、僕は、先生が、集団の一員としての自覚を持ちなさいと言うたびに、なんであんな人達と同じ集団にならなければならないのかと考え、集団という言葉が大嫌いになった。集団の一員と言われるたびに人を攻撃する人と同格にされている気がしたからだ。みんなが自分のことしか考えていない中での修学旅行はとても苦かった。(ママ)富士山に行った時も、長野に行った時も、周りの意識や、陰口などが気になり、全然感動することができなかった。友達は周りから自分を守るためにあった。一人でいると攻撃されやすいからである。普通に仲が良かったのに、いきなり裏切られることもまれではなかった。
 でもこの学校に転校してきて、最高の友達と集団で修学旅行に行くことができた。お互いを助け合い、みんなで笑いあうことができた。そのため、僕は京都の町と、その文化について色々と感じることができた。
(以下、京都についてひたすら書いてあるだけなので割愛)


なんだこの重い修学旅行の作文は…。
これは、昨日実家に帰ったときにこの作文を発掘した作文である。

「友達は周りから自分を守るためにあった。一人でいると攻撃されやすいからである。」

この文章が非常に興味深い。この頃に、私は他者を自分を守るための手段としてのみ扱うことはもうやめようと決意したのだ。

カントの有名な言葉に、「汝の人格においてであれ、あらゆる他者の人格においてであれ、その人格を常に同時に目的として扱い、決して単に手段としてのみ扱うことのないように行為せよ」というのがある。この言葉を知ったのは高校生になってからだが、自分のこの時の決心が、カントの思想に通ずるものであったことに、後々とても驚くことになるのだった。